工場の加熱源に飽和蒸気を使う理由

投稿日:2023年07月27日

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かつて蒸気は、蒸気機関車や蒸気タービンのような産業の主力をつかさどるイメージを持っている人が多かったのですが、現在の私たちの日常生活では、直接蒸気を使用する機会は少なくなっています。

「蒸気はどのようなことに利用されていますか?」と聞かれても、うまく答えられない機械系エンジニアもいるかもしれません。

しかし、蒸気は今でも飲食業界、化学・石油業界、パルプ業界、鉄鋼業界などの製造業やサービス業の他、蒸気タービンをもつ発電所にも用いられているのです。

現在でも、蒸気があらゆる産業を支える流体となっている理由は、原料が簡単に入手できる水であり、その上、再利用が可能であるため、利用しやすい流体として、用いられているのです。

蒸気はその性質上、大きく分けると「飽和蒸気」と「過熱蒸気」の2種類があります。その種類によって蒸気の用途は異なります。

飽和蒸気は、主にものを温めるための加熱源として利用されます。一方、過熱蒸気はその蒸気が持っている熱と圧力を、運動エネルギーに変換し、発電用タービンを回すために用いられます。過熱蒸気は加熱源としてはあまり用いられていません。

飽和蒸気と過熱蒸気とは

飽和状態とは、飽和蒸気圧に達した状態で沸騰させたときに得られる蒸気のことを言います。

水を密閉した空間で加熱して沸騰させると、まず液相の水と気相の乾き蒸気が共存している蒸気(湿り蒸気)が発生します。そのまま、加熱し続けるとすべてが乾いた蒸気(乾き度100%)に変化していきます。その状態が飽和蒸気です。

さらに、その蒸気を加熱し続けると、圧力が飽和蒸気圧力を超えて上がり始めます。飽和蒸気圧力以上の状態となった蒸気は「過熱蒸気」と呼ばれます。

飽和蒸気と過熱蒸気の違いは、蒸気の顕熱(温度変化分のエネルギー)を持った蒸気かどうかの違いです。過熱蒸気の方が持っているエネルギーは蒸気の顕熱分大きくなります。

つまり、それぞれの蒸気が持っている熱量は、

飽和蒸気は、水の顕熱+潜熱(液から気化する熱量)

過熱蒸気は、水の顕熱+潜熱(液から気化する熱量)+蒸気の顕熱

となります。

過熱蒸気域と飽和蒸気線

引用元:TLV HP

加熱源として利用するなら、飽和蒸気より温度が高い過熱蒸気のほうがいいのではないか?と疑問が生まれるかもしれません。しかし、工場で熱源として利用する場合は、飽和蒸気が用いるのが鉄則なのです。

ものを温めるのに飽和蒸気が利用される理由

飽和蒸気の特徴は、蒸気の圧力が決まれば、一対で温度や比体積(密度の逆数)も決まるという特徴があります。

その為、蒸気を制御する際に、圧力を制御することで、蒸気の温度も制御することもできるのです。

さらに、潜熱による熱交換を行う際は、圧力変化が起きない為、制御しやすいだけでなく、温度制御が不要になるといったメリットがあります。又、蒸気としては飽和蒸気である為、熱伝達率が高いといった熱交換器の性能を向上させることができるのです。

潜熱による熱交換は、顕熱に比べて、熱の交換が早い為、ものを温める流体としては最適なのです。

一方で、過熱蒸気の場合は、圧力と温度のそれぞれが変化する為、圧力制御だけでは制御できません。又、放熱によって顕熱が失われると、その分蒸気温度の値が大きく変化するだけでなく、圧力も変動する為、蒸気の圧力と温度の維持が難しいといった点があります。

さらに、蒸気は常に乾いており、熱伝達率は、飽和蒸気に比べて低いといった点もある為、過熱蒸気はものを温めるためには不向きであるといえます。これらの理由によって、過熱蒸気は、加熱源として使用されることがないのです。

過熱蒸気の利用が少なくなった理由は、他にもあります。

その理由を説明する前に、蒸気を作るボイラーについて説明しておきます。

蒸気を作るボイラー

蒸気を利用するには、水を加熱するボイラーが必要です。現在使用されているボイラーは「貫流ボイラー」「水管ボイラー」「炉筒煙管ボイラー」「廃熱ボイラー」の4種類のボイラーが主流となっています。

引用元:川重冷熱工業株HP

ボイラーで作る蒸気は、基本的に飽和蒸気です。過熱蒸気を作るにはその飽和蒸気をさらに加熱しなければならず、ボイラーとは別に「加熱器」と呼ばれる機器が必要になるのです。

消費量が少なければ電気加熱器もありますが、ある程度消費量が多い工場などでは、加熱源は燃料の燃焼熱(火炎)を用いる事になります。

その為、過熱蒸気を作るには、設備費や運転コストが掛かります。物を加熱するために、わざわざ過熱蒸気を利用したりはしないのです。

ここで、どのような蒸気が産業に利用されてきたかの経緯を探るために、その蒸気を作るボイラーの歴史を捉えておきます。

ボイラーの歴史

ボイラーが登場したのは、17世紀末の産業革命の時で、ワットがボイラーの原型を作ったとされています。

その後、加熱器を組み込んだ横煙管ボイラーが1800年にアメリカで登場し、さらに改良が加えられていきました。これによって車両搭載型のボイラーによって作られる過熱蒸気による蒸気機関が欠かせないものになりました。

※蒸気機関車に搭載されているボイラー(煙管ボイラー)

引用元:京都鉄道博物館HP 「SL大解剖」より画像引用

そして、1820年~1830年には、現在のボイラーの形である水管ボイラーを実用化することに成功しています。その後、各地でボイラー事故が多発し、アメリカやドイツでは定期検査を行う法整備も19世紀後半にかけて進んで行きました。

この頃に米国機械学会が設立されています。※余談ですが、日本もこの時期に日本機械学会を設立しています。

その後、19世紀末から20世紀初頭に欧州では、蒸気タービンによる発電技術が確立し、過熱蒸気を有効に利用して発電することができるようになったのです。

同時期に石油燃料による内燃機関が開発され、移動車両が蒸気機関からディーゼル機関に移行していきました。それによって、ボイラーの産業的な役割は移動車両用の小型から、工場用の静置型の大型にシフトしていきました。

日本では、19世紀初頭までは水力発電が主流でしたが、戦後の産業改革で火力発電の建設やコンビナート建設が進み、産業用大型ボイラーの需要は1950年以降に出てきます。

※日本でのボイラー事故は、欧米に比べて遅く、1950年以降に多発したため、「ボイラおよび圧力容器安全規定」は、1959年に制定されています。

その後、電気による加熱炉や電気ヒーターが開発され、高温高圧の過熱蒸気の需要はなくなってしまいます。そのため、蒸気の利用は、飽和蒸気の温度域(100℃~200℃程度)で利用されるようになったのです。

大型施設や工場では、蒸気発生ボイラーを設置せず、一括集約して蒸気を製造することによるユーティリティー費用を削減した施設も登場しています。

以上の歴史をまとめると、ボイラーが登場した19世~20世紀前半のころは、蒸気の持つ高い圧力と温度を動力に変換するために、蒸気が用いられていましたが、石油燃料による内燃機関に置き換わることで、高圧の過熱蒸気は、発電用タービンなどに限定されて利用されるようになったのです。

そして、20世紀から現在では、蒸気はものを100℃~200℃程度で温めるのにちょうど良い流体として、飽和蒸気が様々な工場や施設で利用されるようになったのです。

蒸気の利用する施設では、適切なドレン回収や保温によって効率的に維持されており、フラッシュ蒸気の利用や復水の再利用など、様々な省エネルギー化が進んでいます。今後も、飽和蒸気は産業に欠かせない流体として利用され続けることになるでしょう。